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【CSR】企業の社会的責任において、個人が考えることは?

こんにちは、ジン坊です。

CSRは、「Corporate Social Responsibility」の頭文字で、日本語に訳すと「企業の社会的責任」のことです。

簡単にいうと、
「自社の利益ばかりを追い求めるのではなく、社会をよくするために行動する」
ということです。

もう少しだけ、内容を詳しくすると、
企業が利益至上主義にばかり走らずに、
市民や投資家などの利害関係者(ステークホルダー)、及び社会全体に対しての責任を果たすべく、戦略を持って自発的に行動を起こすことです。

このように、CSR、つまり「企業の社会的責任」が求められています。

コロナ禍によってもたらされた社会への変化、
その変化に順応し生き残る会社があり、個人がいます。

私は、陸上自衛隊のOBですが、
多くの先輩、同期・同僚、部下や後輩との
繋がりや何らかの関わりを持って生きてきました。
そんな人物が民間会社に再就職し、企業の責任、そして、個人の責任を考えさせられました。

その経験と偉人の言葉やことわざを拝借して説明します。
この記事を読んで頂くことで、

「企業の中の個人は、何を考えれば良いのか?」

が解ります。
あなたのたった1度の人生を後悔して欲しくないので、何らかのお力になれればと考えています。

企業の社会的責任(CSR)において個人が考えることは?

企業の社会的責任を果たすために、個人が考えるべきことは、

「自分の会社は、本業を全うしているか?」

「社会に不必要なものが見えているか?」

だと思っています。

なぜなら、
松下電器創設者の「松下幸之助氏の発言集」に、以下のことばがあるからです。

「社会的責任というものは、企業には本業がありましょう。
その本業というものを全うすることが、社会的責任の第一ですわ。
第二は、その本業を遂行するにあたって、いろいろ社会に対して影響があります。
いい影響もあれば悪い影響もある。その悪い影響を及ぼさないというのが第二である。
そういうように考えていいと思うんですね。」
※『松下幸之助発言集21』から

企業の活動目的が、利潤追求にあるのは当然です。

しかし、それは別の言い方をすれば、
企業が社会に働きかけて、利益を得てこそ存在できる
ということであり、
社会なくして企業は存在できません!

つまり、

企業は「社会的存在」であり、
社会の構成員として社会的責任ある活動を求められているということです。

利潤追求と企業の社会的責任

企業にとって消費者は、「お客様」です。

極言すると、
企業は顧客のために存在し、
いかなる企業も消費者の声を無視しては存続が危うくなってしまいます

また、企業が自らの利益の追求のみに固執し、人権を尊重することなく、
その活動によって多くの人々の幸せに悪影響を及ぼすとしたら、
社会からの非難は免れないし、企業の活動はもとより、
その存在自体が危うくなることすらありえるでしょう。

その意味で、利潤追求企業の社会的責任は、
ともに相反するものではなく、企業は社会的責任を果たして、はじめて社会に存在する資格があると言えるのです。

だからこそ、
「企業の社会的責任」を果たすために、個人が考えるべきことは、
自分の会社は、本業を全うしているか?
社会に不必要なものが見えているか?
だと思うのです。

なぜならば、

コロナ禍によってもたらされた変化は、テレワークを推進させ、
「通勤」「オフィス在中」というこれまでの「当たり前」を覆しつつあります

ビジネスの常識・非常識

今まで当然と言われていたビジネスの常識は、非常識なってきています。

例えば、
「オフィス」という場所は、不必要なものとして挙げられており、
大手企業でも、オフィスや事務所を撤去し、在宅勤務へ移行しています。

また、人と人との接触を避けるため、営業においても
Zoomやベルフェイスを使ったネット交渉が主流となっています。

また、

情報やモノがあふれている現代社会だからこそ、
時間やお金など何もかもが無限にあるわけでは無いのに、
自分の身の回りにあるものすべてが、自分にとって大切なものや必要なもの
に見えてしまってはいないでしょうか?

今までのやり方がこれまでどおり正しいということはなくなっています。

常識や固定観念で凝り固まった頭のままでは、大きな変化の中に埋没してしまいます。

こうした新しい時代の変化にさらされながらも、
その変化に順応し生き残る会社があり、個人がいます

かたや・・・

不安定な情勢に不安を感じながらも現状維持しかできず、
徐々に弱っていく「集団」がいます。
変化が求められている中で、
時代に取り残されてしまう「人」がいます。

利害関係者

近年、国際的にも、企業の社会的責任が議論されていて、
その取り組みが進められています。

その範囲は、コンプライアンス(法令遵守)、人権擁護、環境への配慮、地域貢献など、多くの分野にわたっています。

その中でも、「企業の社会的責任」で重要視されているのが、
利害関係者(ステークホルダー)に対する配慮です。

利害関係者とは、顧客、消費者、投資家、従業員、取引先、地域社会、政府等、さまざまな関係先が企業と利害関係を有するわけで、企業が活動するに当たって、これらの利害関係者に対して責任ある行動をとるとともに、倫理観を持った説明責任を果たしていくことが求められるようになってきたのです。

日本では、相次ぐ企業の不祥事などから、企業の社会的責任への関心が高まってきていますが、
企業の社会的責任は従来の経済的、法的な責任を超えて広がり、社会的公正や環境などへの配慮を組み込み、より良い評価を受けるように活動することが求められています。

企業は、倫理観を持った社会的存在として、その責任を果たすことが求められていることを認識しておく必要があるのです。

ことわざに、

「おごる平家は久しからず」
という教えがあります。意味するところは、
地位や財力を鼻にかけ、おごり高ぶる者は、その身を長く保つことができない

ということのたとえですが、正に現代にも当てはまるのではないでしょうか?

高度経済成長期の企業と社員

日本は、戦後の荒廃から国民のたゆまぬ努力によって、飛躍的な発展を遂げ、
経済的には豊かな社会となったのはご存じのとおりです。

その間、企業の社員はがむしゃらに働き、
日本製品はアメリカ製品の猿まねとか、
粗悪とか、
金儲け主義とか
いろいろ酷評されながらも、こつこつと信用を築き上げました。

高度経済成長時代の企業の社員は、
企業内の指針や行動指針、あるいは行動規範に従い、良い製品やサービスを生み出し、利益をあげて、企業が成長し存続するために力を尽くしました。

一方、企業も社員のために雇用を安定させ、教育訓練、福利厚生などに努め、社内のルールやマナーなどを整備して、社会に対して恥ずかしくない社員を育ててきたわけです。

しかし、それが行き過ぎて、会社のためなら儲かればいい、お金がすべて、談合やサービス残業、セクハラ、パワハラ、そして一部の企業では、少々の法律違反は会社の利益なら大目に見るなどの価値観がまかり通っていました。

一般の国民も、成金や拝金主義に走り、お金がすべてで、お金さえあれば幸せになれると思っている人が多くいました。

そして、バブルがはじけた日本・・・
拝金主義や物欲主義などを反省しました

真の経済成長と企業のあり方、そして人間の価値観、幸福観について考え直す必要な過程がありました。

それが、現在の企業理念となり、
「社会に貢献する企業をめざす」
「世のため人のために尽くす」
「豊かで夢のある社会のために」
「快適で安心な生活に貢献する」
「環境に目を向け良き社会人として行動する」
「法令を遵守し人権を守る」
などの文言が目立つようになったのです。

このようなことから、

今の日本における企業の社員は、
企業のコンプライアンス(法令遵守)と同時に、
社会人としてのルールを守ること、
人間としてのルールを守ること、
つまり、道徳や倫理観を持つことが求められているのです。

※道徳や倫理観については、別の記事を書いてますのでこちらもご覧ください。
『コロナ禍でモラルの欠如?東日本大震災に学ぶ「日本人の倫理観」』

江戸時代の思想家の石田梅岩(いしだ ばいがん)は、

「実の商人は、先も立ち、我も立つことを思うなり!」
と、自身と共に相手のことにも配慮して事業を行う重要性を説いています。

これは、
現在でいうCSRを的確に言いあらわしているのです。

個人が考えるべきこと

改めて、
企業の社会的責任を果たすために、個人が考えるべきことは、

「自分の会社は、本業を全うしているか?」

「社会に不必要なものが見えているか?」

です。

「一般常識」「固定観念」「古い慣習」「思い込みや偏見」「我慢していること」「人間関係」

……など、これらは、あなたの身の回りにある「不要なもの」では無いでしょうか?

これらの中で、ドキリとする何かを感じたとすれば、
それは次に進もうとするステップを邪魔するサインです。

本当に大切なもの、本当にやりたいことだけを自分の中に残しましょう!
そのための記事は別に書いていますので、こちらもどうぞ、ご参考まで!
⇒『ポジティブ・チェンジ  [ メンタリストDaiGo ]

また、私が読んでポジティブになる、おすすめの本はこちらになります。
これさえ読めばポジティブになり思わず笑顔が!超おすすめの5冊

まとめ

今回は、

『企業の社会的責任(CSR)において個人が考えることは?』

と題しまして、

「企業の社会的責任(CSR)」とは、

「自社の利益ばかりを追い求めるのではなく、社会をよくするために行動する」
ということであり、

コロナ禍によってもたらされた社会への変化、
その変化に順応し生き残る会社があり、個人がいる中において、

「企業の中の個人は、何を考えれば良いのか?」

という疑問に対して、

企業の社会的責任を果たすために、個人が考えるべきことは、

「自分の会社は、本業を全うしているか?」

「社会に不必要なものが見えているか?」

だという事を、ことわざや権威者のことばを拝借し、また、過去の事例を基にして説明しました。

最後まで読んで頂きありがとうございます

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